新しい音声法話: 真実を静かな心で観ずる. . . 法門説法予定: イギリス:4月29日~5月1日、ギリシャ:5月20日~21日、イギリス:5月27日~5月29日、イギリス:6月24日~8月27日... 詳しくは: 説法予定 をご覧下さい. . .

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ペノル・リンポチェの法話

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自然災害を克服する態度

現世は近代化され、国同士の交流がとても簡単のとれるようになりました。これは良い結果と悪い結果を生みます。それは、それぞれが自分たちの歴史を語り、そして出来事を国内の政治的または宗教的な圧力に従って独自に説明をしようとするからです。同時に、たくさんの宗教があり、認められた先生方も多くおられます。自分の宗教を本当に信仰している人は皆、この世の問題の解決策を思索ています。一方で、すでに悟りを開かれた先代の先生方のほとんどが、全世界の生き物全てに対する解決策をすでに提示しています。

しかし、この現世は末法期であるために、それらの宗教を信仰する人、そしてある種の政治に熱心な方の中には、悪い考えや行動をするばかりになっている方々がいます。ですから、一人の人が善人でも悪人でも違いは生まれません。なぜなら、総体の中での悪い思想と悪行が、私達全員に困難をもたらし苦しめられるからです。その悪い思想と悪行の中で、なによりも困難をもたらすのが自己中的な心です。

それが故にさまざまな宗教は全て、自己中心さに焦点を置くのではなく、一切有情の徳を根底に置いています。これはどの宗教においても変わりはありません。宗教は、一切有情の平和と慈悲の徳をもたらすためにあります。特に仏教はそうです。仏教徒は、例外なく一切有情の助けとなりますようにと誓います。私達は、髪の毛一本の隙間すらも、自己中心的な心を取り入れないことを祈ります。

悪い業は苦しみの原因となる果報を生むことはすでに見てとれると思います。それならば、もし良い態度で行うならば、徳とそれに応じた成果がもたらされるのは当然です。もし仏教徒に関わらず、黒人でも白人でも、全ての者がこの地球の幸福と幸せを同じように願い祈るならば、必ず物事は良い方向に解決されていきます。

洪水は、水の要素が不釣合いになった結果です。それ以外の要素の不釣合いもあり、地の要素なら地震など、火の要素なら火山、風の要素なら竜巻・台風・ハリケーンなどです。もしこの世で調和のとれた暮らしをしているならば、自然とそれらの要素(四大)もバランスがとれます。一度バランスをとることができれば、不釣合いは起こることはありません。(リンポチェは、上記の要素の入った壺の中に有情がその一部として入っている例を上げています。壺の中のバランスが一度取れれば、壺そのものもバランスが取れるているということ。)

アジアで起こった津波やアメリカで起きた洪水のような問題が起きた時には、個人的にとても悲しく感じます。物質的にはどのような助けを差し出してあげることがとても困難だからです。

近頃、私達チベット人もまた多くの問題に直面しています。例えば、グル・リンポチェや数多くの高僧のラマたちは、私達が直面した問題が起きることをすでに予言していました。そして彼らはそれらの問題の解決の仕方と方式も提示していました。しかし、末法期であるがために、その予言を全体的には多くの人が信じられませんでした。それらの予言は、数百年前または数千年前のものもあります。総体的にみて、その真実を信じることが出来なかったために、チベット人にとって今は困難な時期になっています。この報いが現れた時に多くの人は、『私達はとても大きな間違いを犯してしまった。』といいました。そして、幾人かは『予言を信じず指示に従わなかったのだから、今起きている問題が起きるのは当たり前だ。』といいました。

ですから、私達チベット人にとってその苦しみは、ほぼ肉体的な地獄のような苦しみとなりました。しかしそれでも、私達は三宝(仏・法・僧)への信心を捨てることはありませんでした。

これら全ての問題は業が集結したものです。私達が過去にした行いの果報です。それを喜ぶことも悔やむこともありません。なぜならそれは一人や二人の果報ではなく、全ての者に対する果報だからです。(集まりとしての業、または集団の業といわれます。チベット語では'Chin Thun')。私達の過去世に総体として悪い業を積んできたために、その報いを全員で受けなければなりません。その果報の苦しみは、一人二人だけが受けられるものではありません。

私達はこのような苦しみを、将来味わいたくありません。ですから、どのような宗教でも構いません、お互いを慈しみあい一切有情への慈悲の心によって、皆の力で集団として善業を積んでいくことはできることです。それによって良い未来になっていきます。善い態度から善い果報が生まれるからです。

奥付

根本上師がこの世に末永くとどまっておられますように。彼の教えの光が心の空に行き渡り、全ての者に幸せをもたらしますように。この法話は自然災害に対する態度のとり方について教えを授かりく、慈悲深い人であるキャブジェ・ドゥルブワン・ペマ・ノブ・リンポチェにお願いしたものです。彼はこの願いに対してとても熱心にお応え下さいました。この法話は、2005年9月4日に行われラマ・ロブサン・チョペルによって通訳されました。この努力が、グル・パドマサンバーバの完全な現実を一切有情の心に目覚める助けとなりますように。

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